次世代ヘルスケア 【ニューロモデュレーション】

私たちの体は「自律神経」という仕組みによって、意識しなくても心臓の拍動や呼吸、消化などをコントロールしています。その中でも「迷走神経」は最も重要な神経のひとつであり、脳と内臓をつなぐ大動脈のような役割を果たしています。心拍数を整え、消化を助け、炎症を抑え、さらには気分やストレスにも深く関わっています。まさに「心と体をつなぐ神経」と言える存在です。

近年、この迷走神経を刺激する「ニューロモデュレーション」という医療技術が注目を集めています。ニューロモデュレーションとは、電気や光、音、振動などを用いて神経の働きを調整する方法の総称です。その中でも「経皮的迷走神経刺激(tVNS)」は、耳の一部に存在する迷走神経の枝を皮膚の上からやさしく刺激する、比較的安全で負担の少ない方法です。手術や大がかりな治療を必要とせず、装置を装着するだけで自律神経を整えることができるため、研究や臨床応用が世界中で進められています。

実際に、tVNSはさまざまな分野で可能性を示しています。例えば、うつ病や不安障害といった精神疾患、片頭痛やてんかんなどの神経疾患、さらには高血圧や心不全など循環器系の病気への応用が報告されています。また、炎症を抑える作用があることから、自己免疫疾患や慢性痛に対する研究も行われています。薬物療法では副作用や依存の問題が避けられない場合もありますが、tVNSは非侵襲的で副作用が少ないため、補助的な治療として期待されています。

さらに興味深いのは、健康な人にも恩恵がある可能性です。迷走神経を刺激することで心拍変動(HRV)が改善し、ストレス耐性や集中力が高まることが示されています。スポーツ選手のパフォーマンス向上や、ビジネスパーソンのストレスケア、そして一般の人々のリラクゼーションや睡眠改善にも役立つかもしれません。まさに「脳と体のリセットボタン」としての役割が期待されているのです。

ただし、まだ研究段階の分野であり、すべての効果が科学的に確立されたわけではありません。効果の程度や持続性、最適な刺激条件など、今後の臨床試験や技術開発が不可欠です。しかし、薬に頼らず体本来の力を引き出す新しいアプローチとして、ニューロモデュレーション、とりわけ経皮的迷走神経刺激は大きな可能性を秘めています。

これからの時代、心と体を統合的にケアする方法がますます求められます。迷走神経という「体内の架け橋」をやさしく刺激する技術は、その未来を切り拓く重要な鍵となるでしょう。

末武 信宏

Suetake Nobuhiro

さかえクリニック 院⻑