自由診療におけるGLP-1ダイエットで知っておいてもらいたいこと(その1)

 近年、美容医療の現場で「GLP-1ダイエット」が注目を集めています。GLP-1ダイエットとは、本来は2型糖尿病治療薬として開発されたGLP-1受容体作動薬を使って行うダイエット方法です。日本の自由診療クリニックやオンラインクリニックなどで使われているものには、経口薬のリベルサス(一般名:セマグルチド)と注射製剤のマンジャロ(一般名:チルゼパチド)があります。週1回の注射で食欲が抑えられ、体重減少が期待できるとされるマンジャロは、自由診療における痩身治療の「目玉商品」として急速に普及しています。

 確かにマンジャロの方が減量効果が高いことがエビデンスベースでも知られていますが、筆者らはリベルサスの7mgでも健常人のダイエットにおいては、十分な減量効果をあげられることを経験しています。本来、美容痩身においては、経口薬のリベルサスで問題ないと私たちは考えています。そして、マンジャロを自由診療下でのダイエット外来で使うことには、以下のような問題を内包しているのです。

 内科・糖尿病専門医の立場から見ると、このブームは決して無害なものではなく、すでに保険医療の糖尿病治療の現場に深刻な影響を及ぼし始めています。最も切実な問題は「デバイス供給の逼迫」です。マンジャロに用いられている自動注射器「アテオス」は、糖尿病治療薬トルリシティ(デュラグルチド)と共通のデバイスです。トルリシティは週1回投与という利便性と、穏やかな血糖コントロールができ、体重減少があまり起こらない(フレイルになりにくい)という利点があることから、高齢の糖尿病患者や自己注射に不慣れな患者にとって欠かせない糖尿病治療薬であり、長年、糖尿病臨床の現場で血糖コントロールを支えてきました。ところが、美容痩身目的でのマンジャロ需要が爆発的に増えた結果、このアテオスの供給が不足し、トルリシティが必要な患者への供給にまで影響が及んでいるのです。

 これは単なる供給問題にとどまりません。高齢糖尿病患者にとってトルリシティは「日常を守る命綱」であり、その安定使用が途絶えることは血糖コントロール悪化や合併症リスクの上昇を意味します。すなわち、美容医療の現場での安易なGLP-1製剤使用が、生活習慣病患者の治療を脅かしているといえるのです。

 美容医療で内科を専門にしていない先生方にぜひ理解していただきたいのは、GLP-1製剤は本来「痩せ薬」ではなく、糖尿病や医学的に適応のある肥満症に対して使用されるべき薬剤だということです。自由診療での拡大利用は、副作用やリバウンドといった患者個人のリスクだけでなく、社会的には医療資源の不均衡を生み、真に必要とする患者の治療機会を奪う結果につながりかねない問題を内包しています。

 美容医療は人々のQOLを高める大切な領域ですが、その基盤にあるのは「医療者としての責任」だと思います。GLP-1製剤を美容目的で扱う際には、単に「痩せるから」という視点ではなく、その使用が医療全体に及ぼす影響を考慮することが求められています。私たち内科医からのメッセージは明確です。GLP-1製剤は魔法のダイエット注射ではなく、適切な診断と管理のもとにのみ使われるべき薬剤です。自由診療の現場でこの点を軽視すれば、患者の健康だけでなく、日本の医療全体の信頼性をも揺るがしかねません。

青木 晃

Aoki Akira

一般社団法人日本美容内科学会 理事長