“メディカル”アロマテラピーとは

アロマテラピーの定義

アロマテラピー(Aromathérapie)という言葉は、20世紀初頭のフランスで生まれました。その起点はRené-Maurice Gattefosséによる有名な“ラベンダーのやけど治癒”のエピソードです。1910年、彼は実験中の爆発事故で重度の熱傷を負い、とっさにラベンダー精油に手を浸したところ、化膿や感染が起こらず、短期間で劇的に回復したと記録しています。

その後、この精油がもつ効能を臨床に発展させたのがJean Valnet医師です。第二次世界大戦中、抗生物質が不足するなかで精油を負傷兵の治療に応用し、感染制御や疼痛緩和に効果を認めました。戦後は精油の化学成分と薬理作用を体系化し、診断と処方に基づく治療体系として確立しました。

1950年代、Marguerite Maury医師がこの理論をイギリスに紹介しましたが、制度的な背景の違いから、イギリスでは医療よりもリラクゼーション目的の「アロママッサージ」として広がりました。日本にはこのイギリス式がそのまま輸入されたため、現在でも精油は雑貨扱い、アロマテラピー=リラクゼーション、個人の趣味の延長というイメージが定着しており、医療現場で診断・処方的に精油を用いる仕組みはほとんど存在していません

各国の資格制度と位置づけ

アロマテラピーを実践するためには、多くの国で医療従事者としての資格が前提となります。

フランスでは国家資格ではないものの、大学(DU/DIU)などのアロマテラピーコースを修了が必要であり、またその医師・薬剤師などの医療資格者がし、医療の現場で使用します。精油の処方・販売も薬局で行われます。また、ドイツ・スイスでは、医師または国家認定代替療法士(Heilpraktiker)が精油の処方を行い、治療目的で使用できます。

一方、イギリスではリラクゼーション中心で、国家資格はなく民間資格のみであるため、資格があっても内服など医療行為は認められていません。日本も同様ですが、自由診療での治療は可能です。

医療現場でのメディカルアロマテラピーの実際

フランスやドイツ、スイスなどでは、症状や疾患に応じたプロトコルに基づき、ケモタイプ(chemotype)と呼ばれる薬理学的に分析された化学成分に基づいて厳密に分類した精油を使い、多岐にわたる臨床応用が進んでいます。同じ植物でも、抽出方法や、土地、年によって成分が異なることがあり、薬理作用が変わります。ワインのようですね。そのため、適切な精油の選択は医療行為に近いものです。

医療としてのアロマテラピーには以下の特徴があります。

・多経路使用:外用(皮膚に塗布・マッサージ、経粘膜)、吸入(嗅覚刺激・蒸気・ディフューザー)、内服(ただし医療監督・限定的)。薬剤師/医師による処方。

・ケモタイプ重視:使用される精油は化学成分(ケモタイプ)を明らかにしたものが選ばれ、疾患・症状・患者背景(薬服用・妊娠・小児など)を踏まえて選定される。

・安全管理・相互作用チェック:医療行為に近い使用であるため、精油の毒性・薬物相互作用・禁忌(例:妊婦・小児・てんかん・肝疾患)などが考慮される。教育プログラムでも「chimie et toxicité(化学・毒性)」が明記。

・補完統合型医療:「純粋にアロマだけで治す」のではなく、標準医療(薬・手術・ケア)を補完する役割という位置づけが一般的。

フランスなどの病院や介護施設では、アロマ使用プロトコル(どんな症状・どの精油・どの量・どの頻度)が策定されており、実地で安全に使われています。

対象疾患として、疼痛や不安はよく知られるところですが、心療内科領域以外にも、感染症や喘息などの呼吸器疾患、PMSや更年期障害などの婦人科疾患、嘔気や胃痙攣などの消化器疾患、術後リンパ浮腫などの循環器疾患など多岐に渡って応用されています。私の皮膚科領域でも、ざ瘡の治療や、アトピー性皮膚炎などの炎症や強い瘙痒感に対して精油を組み合わせて処方することで有用な効果を得ています。

香りによるアロマコロジーとの違い

メディカルアロマテラピーが薬理作用に基づく医療補完療法であるのに対し、**アロマコロジー(aromachology)**は香り刺激が情動や自律神経系、ストレス反応などに与える心理・生理的影響を科学的に研究する分野です。睡眠改善やストレス軽減といった作用は多くの研究で確認されていますが、これはアロマテラピーとは異なる領域です。

おわりに

本来のアロマテラピーは、香りを楽しむリラクゼーションではなく、精油を化学・薬理的に理解し、診断と処方に基づいて活用する体系的な補完療法です。今後日本でも医療現場での発展が期待されます。

坪内 利江子

Tsubouchi Rieko

銀座スキンクリニック 院長