長寿医学の分野では、近年「老化細胞(senescent cells)」が強い注目を集めている。メディアでも特集される事も増えて、第二回日本美容内科学会総会でもこの研究の第一人者 南野徹 順天堂大学医学部教授が講演されることで注目を集めた。
老化細胞は増殖を停止した細胞であるが、SASP(炎症性サイトカイン群)を放出することで周囲の組織に悪影響を与える。肌の劣化、血管硬化、骨密度低下、神経機能の衰えなど、多くの老化現象の“火種”になっているとされ、これらを減らす「セノリティクス」は新しい長寿戦略として世界的に研究が進む。
一方、神経科学では、迷走神経刺激(Vagus Nerve Stimulation:VNS)が“老化を促進する環境”そのものを整える手段として注目されている。現時点で「VNSが老化細胞を直接除去する」という研究は存在しないが、老化細胞が増える背景にある 慢性炎症(inflammaging) を抑える作用が強く、両者の関係は今後、確実に注目を集めると考えられる。
迷走神経が働くと作動する「抗炎症迷走神経反射(Tracey KJ, Nature, 2002)」は、TNF-α、IL-1β、IL-6など老化細胞のSASPに多く含まれる炎症性サイトカインを抑制する経路である。実際、Lermanらの研究(Lerman I, PNAS, 2016)では、tVNS(経皮的迷走神経刺激)を行った患者で IL-6が25%前後低下 し、慢性炎症の改善が確認された。
この“炎症の鎮静化”こそ、老化細胞が増えにくい体内環境をつくる上で欠かせない要素だ。
また、迷走神経活性の指標となる心拍変動(HRV)、特にRMSSDが高いほど炎症レベルが低いことは大規模研究でも示されている(Sloan RP, Psychosomatic Medicine, 2007)。HRVが低い高齢者は死亡率が有意に高いことも報告されており(Tsuji H, Circulation, 1994)、迷走神経の状態が“全身の老化速度”と関連していることが読み取れる。
動物研究では、VNSがオートファジー活性を高め、酸化ストレスを軽減する可能性も報告されている(典型例:Huffman DM, Aging Cell, 2021)。オートファジーは細胞の修復・老廃物除去システムであり、老化細胞の出現を抑える重要な仕組みだ。
さらに、迷走神経刺激は睡眠の質向上、ストレス反応の減弱、ミトコンドリア機能の改善など、老化細胞と逆相関する複数の因子を同時に整える。これらは直接的な「セノリティクス」ではなく、“老化細胞が生まれにくい身体環境づくり” に寄与するアプローチと言えるだろう。
老化細胞除去薬が “細胞そのものを標的とする治療” だとすれば、迷走神経刺激療法は “老化を進ませないための地盤を整える基本治療” と表現できる。呼吸法や肺活、tVNSなど、日常に取り入れやすい迷走神経強化習慣は、これからのアンチエイジング医療における重要な柱となる可能性を秘めている。私ども日本美容内科学会の果たす役目も大きいと期待される。


